願海寺新聞 第88号 – 浄土真宗本願寺派 新井山 願海寺 浄土真宗本願寺派 新井山 願海寺

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願海寺新聞 第88号

発行:2021年2月

こんにちは!新型コロナ第三波に加え、豪雪もあって年の始めから大変でしたね・・・。その影響で私・巧弦も、1月はご法話させて頂くはずだった高岡伏木・勝興寺さまの報恩講が中止、布教使の試験で京都に行くのもオンラインでの受講となり、非常に残念でした(T_T) ですが、良い気分転換の時間持つことができました♪

『がんかいじ こども しょくどう』も、12月と1月はテイクアウトに切り替えての開催となりました。今はなんとかやれる形で!

願海寺の毎月の勉強会は1月は元々お休みで、2月から始まります。2月は『楽しい仏教入門』で12(金)と13(土)です。今年はなんと9月が土・日で、以外は全て金・土という恵まれたスケジュールになっております(日程と時間などは願海寺ホームページ、願海寺2021年リーフレットに載せてあります)。これまで参加したことのない方も、どうぞお寺に足を運んでみて下さいね♪毎朝7時からの『晨朝勤行』もお待ちしています!しんどいご時世だからこそ、仏教で、お寺で、心に潤いを得ていきましょう。

合掌 南無阿弥陀仏
(巧弦)

念仏の衆生を摂取して捨てたまはず。
『仏説観無量寿経』

宗教ってなあに?~日本編⑥~

約800年前の鎌倉仏教ムーブメントによって、民衆の誰にも「宗教」「信仰」が浸透し根付くことになった実に大きな転換がもたらされ、それは現代の私たちへと連綿と受け継がれています。
ただ、そのムーブメントも「パッ」と出てきたわけではありません。仏教は6世紀に日本に伝来して以来、遣唐使などによって最新の中国仏教を輸入し、必死に学び追いかけるという構図でした。
それが、9世紀に遣唐使が中断・廃止、唐も滅亡し、日本の積極的な外交によって大陸の文化を取り入れてきた流れも落ち着きます。そして、日本独自の文化が発展し成熟していった。ここがまず大きな1つの要因でありましょう。加えて仏教には「末法」という思想があります。お釈迦さまがご入滅(滅度、さとりの世界へわたる、また、人間としての命を終える)なさってから1500年(または2000年)が過ぎると、教(きょう・仏の教え)のみが残っているだけになり、行(ぎょう・実践)と証(しょう・さとり)は無くなり、仏教の力が衰える時代に入るというものです。つまり、世の中が大いに乱れるということでありますが、その末法の時代に1052年(平安後期)より入ったと当時は受け入られていました。実際に世は大きく乱れ、人々は希望を持てずにいたのです。
そういった条件が重なり合い、機が熟し開花した日本オリジナルの仏教が鎌倉仏教なのです。

よく「日本の仏教は、お釈迦さまが本来説かれた教えとは違う(だからダメだ)」というような主張もありますが、そもそも仏教は「すべての存在は一秒たりとも同じ状態に留まらず変化し続ける(諸行無常)」であり、「絶対に変化しないという不変の実体は無い(諸法無我)」が根本ですので、その法則に従って日本の風土や民族性に合った形に進化・発展した日本仏教も紛れもなく「仏教」なのであります。確かに歴史学として見れば、お釈迦さまが「南無阿弥陀仏と口に称えれば救われる」と直接お説きにはなっていないであろうと考えられています。しかし、仏教として大切なのはお釈迦さまの言葉の有る無しではなく、さとりのブッダとしての御心(精神)を頂くことです。それは「全てを慈しみ、みな共に心豊かに生きていこう」という智慧と慈悲の道であります。

なもあみだぶつ♪

クイズ

私たち浄土真宗本願寺派(お西)の本山は、京都・本願寺(西本願寺)ですが、「本願寺」を名乗られたのはどなたでしょう?
【ヒント】しんらんさまのひ孫です

①本願寺二代・如信上人
②本願寺三代・覚如上人
③本願寺五代・綽如上人

☆先月の答えは「3.法然聖人」でした!

僧侶似顔絵
村上 巧弦
願海寺新聞