願海寺新聞 第92号 – 浄土真宗本願寺派 新井山 願海寺 浄土真宗本願寺派 新井山 願海寺

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願海寺新聞 第92号

発行:2021年6月

こんにちは!今月のこの巧弦コラムは、5月にあった出来事を日記風にお届けしてみますね~♪

[5/11(火)]
富山市中心部の尾西寺院の坊守さまの集いが富山別院にて行われ、私がアコースティックギター演奏&ご法話をさせて頂きました!「穏やかな気持ちになれた」と感想を頂き嬉しかったです。

[5/14(金)]
月に一度の『がんかいじ こども しょくどう』開催日!3年目のスタートを賑やかに切ることができました♪

[5/20(木)]
京都・直七法衣店さまの企画で、初のYouTubeでのご法話ライブ配信でした!緊張~(笑)。

[5/22(土)]
毎月の勉強会、奇数月なので『お寺を楽しむ会』でした。今回は浄土真宗でお勤めされるお経さまの概要について学ばせて頂きました!もっと参加者が増えてほしいです(TへT)

ハイ!というわけで、最後にお知らせです。今年の親鸞聖人のお墓所(立山町の願海寺 栃津房舎)でのお参りは7/11(日)15時からです!人数制限がありますので願海寺までお申し込みの上、ご参加下さい!(詳しくはチラシをご覧下さい)
合掌
巧弦

なほ大雨(だいう)のごとし、甘露(かんろ)の法を雨(あめふ)らして、衆生を潤すがゆゑに。
『仏説無量寿経(下巻)』

宗教ってなあに? ~日本編⑩~

江戸時代には、寺院が民衆の戸籍管理を担ったことで、そこから誰にもお葬式などの葬送儀礼が営まれるようになりました。今、私たちが親しんでいる葬送儀礼も江戸時代に整えられ発展してきたものなのですね。

ですが、それら儀礼の全てが純粋に仏教的思想から成り立っているとも言えません。
仏教の世界観(浄土や地獄など)・生命観(前世や輪廻、往生や成仏など)を基盤としながらも、地域的な習俗(ならわし)や、江戸時代に用いられた儒教の価値観なども融合して、この文化が形成されていったのでしょう。

また、葬送儀礼が誰にも営まれるようになったことで、仏教寺院は安定した維持も可能となりました。
寺院が安定することによって、各宗派教団それぞれ経典や祖師方の教えについて研究や解釈が発展し、僧侶が学ぶ場(学校など)も設けられていきました。
しかし一部では、「寺(僧侶)は葬送儀礼だけやっていれば良い」と、熱心に仏教を学ぶことや伝道・布教を怠ってしまう堕落にもつながってしまいます。その姿勢を揶揄した言葉が「葬式仏教」です。

「葬式仏教」は「仏教がお葬式をやるのは間違い」と批判する意味ではありません。
仏教が葬儀を担うようになり定着していったことにはちゃんと理由があるのです。
まず、仏教は「死」を「穢れ」と忌み嫌うことのない生死を超えていく大きな生命観を持っています。そして、仏教は他者の悲しみ辛さに寄り添う慈悲の宗教だからです。
まさに、死別の悲しみの場に相応しい「救い」の構造を持つ宗教が仏教だったのです。

葬送儀礼は、現在に至るまで常に社会の有り方と共に変化し続けてきました。しかし、どんなに形式が変わろうとも見失ってはならないのは、それが「宗教儀礼」だということです。
人間の努力や思考では超えることのできない愛しい方との別れの苦しみの中で、仏様からの確かな救いを頂いていくのです。その「心」を大切にすることが肝要です。

なもあみだぶつ♪

クイズ

浄土真宗本願寺派のお葬式では、主に『正信偈』がお勤めされますが、では、お通夜にてお勤めされるのは、主に以下のどれでしょう?!

1⃣阿弥陀経
2⃣涅槃経
3⃣歎異抄

☆先月の答えは「1.西/東 本願寺」でした!

僧侶似顔絵
村上 巧弦
願海寺新聞